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フライングと聞いて、郁ちゃんしか思い浮かばなかった私の頭……鳥だ……
なので、手柴なんですけど、堂郁っぽくなってしまいました。
『フライング』
手柴 郁ちゃん結婚決まった後 やだ、ドキドキしちゃうじゃない。
特殊部隊事務室の時計は終業時刻を遥か昔に過ぎていた。
机に頬杖をついてぼっとする手塚の肩を小牧がぽんと叩いた。
「手塚、俺ら先に上がろう」
顎で指し示すのは、堂上の机。
そこでは、笠原が突っ伏してうんうん唸っていた。
まだ業務の締めである日報が書きあがらないのだ。
「毬江ちゃんとの待ち合わせに間に合わなくなるから」
腕時計をとんと指す。
「柴崎さんも待たせちゃうよ?」
だから、さ。
と促されて、手塚は席を立ち上がった。
小牧が堂上に「先行くよ」と声を掛けると、堂上が手を上げて「了解した。遅れるようだったら連絡するから、先に始めててくれ」と答えた。
笠原からは「えええ」という抗議の声が上がったが、それは堂上の拳骨で静められた。
「じゃ、店でね」
軽やかに手を振って小牧が立ち去る。
手塚はポケットに手を突っ込んで携帯を取り出し、柴崎にメールを打った。
「お待たせ」
予め約束していた場所に柴崎がやってきたのは、約束の時間をきっかり5分過ぎてからだった。
「お前のほうが先に寮出たんだろう。待っとけ」
「女待たせるなんて、さいてえ」
「行くぞ」
ぷいと横を向いた柴崎の腕をそっと掴んで手塚は歩き出した。
何度か柴崎と二人で出かけるようになって、柴崎の歩幅は覚えた。
時折、店のウィンドウを眺めることも。
店の前では、小牧と毬江が待っていた。
「こんにちは」
気心の知れた人に向ける笑顔で毬江が挨拶をした。
柴崎も毬江に駆け寄ると「きゃあ、今日もかわいい~」と女子全開となった。
「毬江ちゃん、このお花は?」
毬江が手に持つ小さなブーケに柴崎がいち早く気づいた。
毬江にしては些か色目の華やかなブーケだった。
「笠原さんにお祝いです」
ね、と毬江は隣に立つ小牧を見上げた。
毬江の言葉を小牧が引き継いだ。
「そう、お祝いだからね」
柴崎もこくり頷いて「そうですね」と微笑んだ。
手塚も仏頂面の割には穏やかな笑みを浮かべた。
ちょうど小牧と柴崎の携帯がメールの着信を知らせた。
小牧には堂上から、柴崎には笠原からだった。
「今、向かってるって」
「後5分ってとこかしら」
「なら、二人を待って、揃ってから入ろうか?」
「そうですね。予約してあるから大丈夫でしょう」
4人で彼らが来るであろう方向に向いて、柴崎と毬江はきゃらきゃら女子話を、小牧と手塚はただ無言で立っていた。
今日は結婚を決めた堂上と笠原をお祝いしようと集まったのだ。
堂上にプロポーズされた日、帰寮した笠原のあまりのきくしゃくした動きにぴんときた柴崎が笠原を追及。
柴崎の追求を逃れるなど魔法を使っても無理な笠原はあっさり白状。
翌日には堂上班全員に知れ渡っていた。
それ以外に情報を漏らさないところは、さすが柴崎だ。
「ごめーん、お待たせしました」
堂上と付き合いだしてからスカート率の上がった笠原だが、今日はパンツルックだ。
酒に弱い笠原が酔いつぶれることを予想して、堂上がそうさせたのだろう。
「過保護ね」
ぽつり柴崎が呟いた。
手塚は「スカートっておぶいにくいんだぞ」と堂上を支持した。
乾杯から始まって、一応堂上から結婚の報告がされた。
出会いから付き合うまでの二人のあれこれをすべて知り尽くした小牧たちの前では話すこともないし、話したくもないのが堂上の本心だったと推測される。
各々が個々のペースで飲んでいく。
一杯目を飲み干した笠原に堂上がドリンクメニューを広げて、二杯目の選択をしていた。
「堂上教官のお薦めは?」
笠原の言葉に堂上が眉間の皺を深くした。
「どれですか?」
むすっとして堂上は答えない。
「違う」
ぽつりと小さな声で堂上は笠原を睨みつけた。
睨まれて、笠原もあっと気づく。
プライベートでは名前で呼べ。
プロポーズされたときに告げられたのだ。
急に呼び名は変えられないと抵抗してみたものの、抵抗しきれず、その日から笠原の努力が始まった。
それにはもちろん柴崎も協力していた。
だから、この場面で堂上が何を要求しているのか柴崎はわかっていて、ふたりのやり取りを面白そうに眺めているのだった。
「えっと……」
「前置きはいらん」
「……あ、つしさん」
「切るな」
「篤さん」
「そんなでかい声で呼ばんでも聞こえるわ」
「だって、だって!」
いい調子に酒が入って、笠原と堂上の問答は続いている。
「いいわねえ、ラブラブじゃない」
「笠原さん、かわいい」
「いいわねえ、名前を呼ぶって」
「なんかすごく近くなった気がする」
「毬江ちゃんはずっと毬江ちゃんでしょ?」
柴崎の言葉に毬江が真っ赤になって俯いてしまう。
小牧からずっと名前で呼ばれ続けていた事実を改めて自覚してしまったのだ。
「仕方ないよ。生まれたときからずっと毬江ちゃんだし」
「まあねえ。幼馴染、的ですものね」
「そうだね」
「で、小牧教官はなんて呼ばれてるんですか?二人っきりのとき」
興味津々で身を乗り出して小牧に迫る柴崎に手塚が「おい」と手を掛ける。
ぷうと頬を膨らませて、柴崎が手塚を睨む。
「なんで止めるのよ」
「いいだろう、二人の秘密で」
「えええ、知りたーい」
「知ってどうする」
「うーん……なんかあったとき、小牧教官をそう呼んでみる」
手塚は頭を抱えた。
意味など最初からないのだ。
身近なカップルの恋愛をうらやましがっているだけなのだ。
「幹久さん?」
毬江がこそりと小牧を呼ぶ。
真っ赤になって下を向いたまま。
「ああ、幸せ感じる」
小牧は毬江の呼びかけにうれしそうに酒を飲み干した。
「ああ、もう!」
どんと酒の開いたグラスをテーブルに柴崎が置く。
その音で、堂上と笠原、小牧と毬江がそれぞれの世界から戻ってくる。
「いいなあ。いいなあ。名前で呼んでもらうっていいなあ」
駄々っ子のように柴崎が繰り返した。
ゆらゆら手塚の肩にぶつかりながら、「いいなあ、名前呼び」と繰り返す。
手塚には柴崎の駄々の理由になんとなく察しがついていた。
恋愛の手管は天下一品でも、自身の恋愛が決して幸せなものではなかったことを。
それは、小牧と柴崎に散々からかわれた自分の恋愛遍歴と被るから。
幸せな恋愛に恋焦がれ、けれどプライドが邪魔をして辿りつけずにいるのが、今の柴崎と手塚だった。
「そんなにいいなら、俺が呼んでやる」
手塚が揺れる柴崎の体を受け止めて、耳元でささやいた。
「麻子」
揺れていた柴崎の体が止まり、柴崎がゆっくり顔を上げ、手塚を見つめた。
「足りないか?もう一回呼んでやる。麻子」
途端、柴崎が真っ赤になる。
笠原の酔い覚まし用に早々に用意されていた水を一気に飲み干すと、さささーっと手塚から離れた。
「ああ、びっくりした。やだ、ドキドキしちゃうじゃない」
━━ でも、呼び名ひとつでこんなに変わるのね。
今までの恋愛遍歴は一切悟らせない柴崎が珍しくぽつりこぼす。
━━ そうだな、呼び名ひとつで変わるもんだな。
小牧と柴崎からはからかいの対象にしかならない恋愛遍歴を手塚がこぼした。
ふたり自然に視線が絡まった。
擬似だとしても、幸せな気持ちに包まれた。
しばらくちびりちびりと酒を飲んでいた柴崎が突然手塚を指差して叫んだ。
「ああ、悔しい。なんであたしばっかりこんな気持ちになるのよ」
「絡むな」
「悔しいから、呼んでやる~」
「騒ぐな」
「光」
手塚が吐き出そうとしていた言葉を飲み込んだ。
挑戦的に下から見上げる柴崎の口から紡がれた自分の名前に息を飲む。
柴崎のことを笑えないな。
呼び名ひとつでこんなに幸せになる。
「心臓が止まるかと思った。よせ」
苦し紛れに、照れ隠しに、手塚が柴崎を小突く。
柴崎はけらけら笑った。
柴崎と手塚の間の空気が変わったのを、笠原と毬江はにこにこと眺めていた。
名前を呼ばれる幸せを知っている二人だからこそ、柴崎の淡い恋心が微笑ましかったのだ。
そして、手塚の上官ふたりは、頑なな部下が見せた柔らかな表情をうれしそうに眺めていた。
無自覚にせよ、自分の気持ちを素直に出す部下がほほえましかった。
手塚と柴崎がお互いを名前で呼び合うのは、これからまだずっとずっと先のこと。
けれど、このときすでに二人の中にはお互いへの恋心が芽生えていた。
それを知らないのは当の本人二人だけだということを、二人は知らない。
そんなころのお話。
fin.
あとがき
名前呼びフライングでした。
名前呼びは自作で書いていたんですが、付き合う前の無自覚さん名前呼びで二人ともドキドキしちゃうのもありかな、と思い書きました。
女の子同士だと、親しくなればなるほど名前や名前の省略形で呼ぶことが多いと思ったんですが、笠原と柴崎は結婚してもずっと変わらず苗字呼びだと思いました。
二人が名前で呼び合うところが想像できません。
漢らしいなあ。
手柴なのに、手柴じゃなくていつものメンバーのお話になりました。
職場の仲間でここまでプライベートも一緒というのは、めったにない関係だと思いますが、まあ図書館戦争メンバーは皆仲良しこよしだからいいかな?
読んでくださりありがとうございます。
感想などお待ちしています。
泣いて喜びます、嬉!

典型的 O 型人間。
せっかちなのにのんびりや。
好物はハチミツと梅酒。